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ネタバレとかまったく気にしていない感想*burst!危険なふたり*

burst!危険なふたり
5/4 19:00公演

この舞台は、香取慎吾と草彅剛だから成立した、あの二人のためだけにある脚本だった。
あの二人が互いに向き合い目をあわすシーンはラスト間近に一度限り。とは言え、一瞬でも相手を見失ったら成立しない舞台。慎吾は剛を、剛は慎吾を、常に肌や全神経で探し続けて感じ続けて演じていた。そんな濃密で贅沢な空間だった。ずっとテンポの速い言葉のやりとりなんですよ。一瞬の間もずれてしまえば笑いは起こらないと思うんです。それを、お互いを見ずに、そのときそのとき微妙に違ってくるタイミングもちゃんと見計らいながらやらなくてはいけない。それをやりとげられる二人だと三谷さんは信じ、あの演出をしんつよにぶつけたのだろうと思う。すごい賭けのようだけど、その難しい演出のうえでひとりは自由にひとりはその足元をしっかりと見つめて演じ切っていたと思う。そのストイックなまでの時間を経て、あの一瞬、目をあわすふたり。私は剛の表情しか見えなかった。でも十分だった。きっと、慎吾も同じ顔をしていた。

とにかく、ずっと笑えました。楽しくて楽しくて、そして、その影には常に真っ黒な狂気が潜んでいました。ぞっとするくらいに深い闇。ところどころにそれを差し込んではくるけれど、それは気がつかなくてもいいよっていう、そういう演出だった。楽しかっただけで成立させてもいいんだよっていう。
爆発物処理班の加賀美は、エンジェルハート(国際的テロ組織で古典的な爆弾をつくりあげる)との闘いにいままで一度も勝っていなくて、これまでに、その闘いのために少なくとも民間人ひとりを犠牲にしている。いわゆる、とりつかれた人なんだろうと思う。エンジェルハートとの闘いを楽しんでいる、狂気のひと。先月につづいて今月も青木という人命を失うかもしれないその局面でも、本当は50年前に絶滅しているナントカノカントカ(忘れたよ!絶滅しかけている水草)のことは青木に明かそうとはしないし、青木を避難させようともしない。エンジェルハートのつくった爆弾を止めることをなによりも優先させ「先月のようにはしない」と言って自分を高揚させている"危険なひと"。
栃木県あがた町、まわりを畑に囲まれた一軒家に住む青木は、東京から移り住んできた人。若くして事業を起し失敗し人間関係に悩み田舎に引っ込んできた。おそらく、自分でそのような環境を選んだんだろうと思う。わずらわしい近所づきあいもしなくていい、無駄に人と接触しなくていい、ひとりきりでいられる場所。話し相手にするには不足だろうにカメとともに生活をおくっている。人間不信なんだろうなというのが分かる。自分では気が付いていないだろうけどきっかけさえあれば自分の命を投げてもいいほどに人生にあきらめがついている"危険なひと"。

物語は最初から最後まで東京と栃木という離れた場所の設定で進んでいきます。それは最後までずっと。なので、ラスト間近に一度だけ彼らが身体を向き合わせ目をあわせるそのシーンは実際の出来事とは違います。でもその瞬間の、あの青木の表情が私は忘れられないです。加賀美を見る目はいまにも泣き出しそうなのに妙に満ち足りた、やりとげた目をしていた。あの二人はあのときに繋がったんだと思います、奥深くに眠っていた感情が動いたんだと思います。一人は誰かのために死んでもいいやという感情が、もう一人は誰かを死なせたくないという感情が。暗転、真赤な光の下でひとりは爆弾が入っているであろう缶に巻かれたテープを穏やかな笑みを浮かべて外し続け、もうひとりはそれを止めることができない絶望に打ちひしがれる。

青木と加賀美、彼らはひとつしか歳の違わないふたりでした。
子供のころの思い出の歌もおんなじで、そして、歌詞の記憶違いから他愛ない喧嘩をしてしまうようなふたりでした。
「そこは"なにをいま"でしょう」
「いや、"いまなにを"でしょう」
違う時代で生まれ出逢っていればきっとこんな風に他愛のない話をかわすであろうふたりでした。
ゴールデンウィークなのにさあ、こんな天気もいいのにさあ、なのに俺は舞台でさあ」
「なに、嫌なの?」
「違うけど」
「嫌みたいに言ってんじゃん」
「違うけど。でもこんな休みなのにさあ、こんな部屋でさあ」
「あやまれよ。パルコ劇場にあやまれ」
「うふふ、ごめんごめん」
「スマップまだ来ないね」
「ね。でも今回は皆気にしてくれてるね」
「木村くんと中居くん、それぞれが聞いてくるね」
「慎吾、ちょっと待ってて」
違う時代で出逢っていたら、剛が弾くギターにあわせて子供のころの思い出の曲を一緒に歌うようなふたりでした。慎吾と剛はいつもどちらかが表にいたり裏にいたり、そうやって小さいころから生きてきたような二人でした。僕らはもとは一本の木、そんな風に言い合えるふたりだからこそ、成立したこの物語でした。

青木は、慎吾であり剛だった。
加賀美は、剛であり慎吾だった。
背中合わせの二人だから、できるもの。最後まできちんと見届けたかったので涙は一生懸命こらえたのだけど、帰りの新幹線で思い出したらもう駄目で、ずっと泣いてしまった。あのとき、あの爆弾は爆発しただろうか?したとして、青木が命を終えたとして、そのあと加賀美はどうやって生きていくだろうか。そのときの加賀美は果たして剛だろうか、慎吾だろうか。たくさんのことを考えることができる物語でした。