読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

少しずつ語る。


27時間テレビが終わってもう一週間以上たちますが、いまだにまだ新鮮に録画したものを見てはああだこうだと考えておりますあやのです。思いつくままにだらだらと何回かに分けてUPしてみようかなあと。真面目なはなしは最初にしちゃうよ!


武器はテレビ、と言ってはじまった27時間テレビ
中居さんが何度も言っていた「限界を超えられなかった」というのは一体なんなんだろう。
武器は、君の武器は?
あのひとたちは、武器はテレビ…それごと全部ぶち壊してやろうと、そう思っていたんじゃないか。
アイドル氷河期を生きてきたスマップ、音楽番組のないなかでバラエティ番組のなかで十把一絡げの扱いを受けながらテレビに向かって笑顔をむけ、隙をねらっては歌を披露し、自分たちをアピールしてきた彼ら。テレビがつくりあげたスマップという虚像を、あの最後のライブでぶち壊したかったのではないか。だからこそ中居さんはいくつもの言葉を重ねてあのとき悔しさを前面にだしたのではないか。
コンサートに行ったひとしか感じることができない、現場の生のとてつもない高揚とか、五人が揃い踏みしたときの半端じゃないオーラとか、普段テレビからは伝わらないスマップをテレビにぶちこんで、今までのテレビの中のスマップを壊してやろうと思ったんじゃないか。なにげなくテレビの前にいる視聴者にも、はらはらと見守っているファンにも、同じだけの強さでそれを投げつけたかったんじゃないか。日曜日の夜7時のライブの意味って、そこにあるんじゃないか。
すげぇなスマップ、ただただ、そう思わせたかったんじゃないか。
そんな風に感じたのでした。
もしもそうだったとしたら、さぞかし悔しかっただろうと思う。それはほとんどすべて私たちの真ん中にドンッと突き刺さったけれど、それでも悔しかったと思う。あんなふうになっても自分のところは完璧にこなして凄いね中居君、そんな言葉は欲しくなかったと思う。自分だけがそんな風に注目されることは、きっと決してあっちゃならないことだったと思う。


それでも、それでも、凄かったと、心から思うわけです。
俺たちはアイドルだ、ここが俺たちの土俵だっていうのがビシバシ伝わったし、あのとき確かにテレビごと全部飲み込んだと思う。
武器は、スマップ。
その瞬間を間違いなく見せてもらったと思ってる。


そこからの流れで五人でよたよたと歩き、森君からの手紙が読まれたあの場面…。本当にあれはいい流れだったなあ。手紙がはじまり、気がついたら観衆もいなくなってとても静かに五人が森君と向かい合っていた。あのときアナウンサーがどうでしたかとマイクを向けなかったのも本当に良かった。誰もそこに入り込むことなんてできないもの。
そしてあの森君の手紙は、森君のスマップの時間は確実にあのときに止まっていて、そしてスマップとしての五人は森君よりもずっと先にすすんでいるんだなあという当たり前の現実も見せてくれたのでした。でも、それでいいんだと思った。五人にとっての森君もあの頃のままなのだから。あのころを共有しているという、その事実があの人たちのお互いの力になっているんだろうと思うから。
森君の手紙を聞いている慎吾の、あのくしゃっとした表情が「スマップでくるしいこともたくさんあったんですけど」とタモさんに向かって話した時のあの慎吾と重なった。あの三月の夜、慎吾は森君のことを思い浮かべたんだろうか。あのときと同じように小さな子供のような表情をしていた慎吾。かわいい、かわいいと言われるたびに子供に戻っていくみたいだった。
慎吾にとって森君というのはまだ柔らかすぎて触れられないものなんだなあと思う。あの子自身も、その柔らかなものをどうしていいか分からなくて黒い布にくるんで心の中に押し込めてあるんだなって、思う。どれだけのショックだったんだろう、慎吾にとって。森君を坊主にしたくらいで切り替えができるほどまだ大人じゃなかった。スマップは止まらない、森君がいなくなったから失速したと思われるわけにいかない、感情を押し殺す、青いイナズマ…SHAKE…ダイナマイト…五人のスマップは加速していく、森君を処理できないまま立ち止まることもできないで。
慎吾が森君を必死に封印したんだと思うと、胸のあたりがぐうっと苦しくなってしまう。いつかそれを解放してあげられたらいいのに、と思う。


つづく