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平清盛

ただいま思考の7割ほどが大河ドラマにもっていかれているような状態でございます。なんでこんなにハマってんの?と自分でも不思議なんですけど、とりあえずホントに好きすぎて辛い…w
保元の乱まで、一区切りというところだと思いますが、終わりました。
この先の清盛と義朝の運命はまるで北と南。正反対をむいていってしまうわけですが、そのあたりはどのように描かれるんだろうと今から楽しみにしているところです。
結局のところ、義朝は殿上人になる、という夢を叶えてしまったわけです。上ばかりをむいてがむしゃらに走りつづけてきたけれど、その夢が叶ったとき、義朝の心にほんのわずかでも躊躇や戸惑いや保身が芽生えたのかも知れない。このドラマのなかの義朝は父を斬ることができなかった。父は義朝に斬られることを望んだけれど、最期に残した言葉は「もうよい」だった。
清盛は、おもしろきことをする、という夢を追いかけるわけです。おもしろきこと、というのは果てがなくて、清盛はいつまでも上をむいて前を向いて走り続けることができている。どこにいっても「まだ届かぬ」という貪欲さがあったのだろうと思う。このドラマのなかの清盛は叔父を斬った。斬れませぬ、と震える清盛に忠正が最期に残した言葉は「あんな赤子を引き取ったゆえ一門は滅んだと、そう兄上に言って欲しいか!斬れ、清盛!」だった。
叔父を斬った清盛は、それを抱えて、ますます後ろをむくことはできなくなるのだと思う。自分の手にかけた命を無駄にしてはならないから、ますますがむしゃらになるのだと思う。
父を斬れなかった義朝は、その罪悪感にさいなまれることになるのだと思う。「最期の望みもかなえられぬ者が我らの父上を父と呼ぶな」その言葉と読経、義朝の叫び声、まっすぐに見つめる頼朝の目。それらがものすごく印象的だった。そして、そういう後ろ向きの感情を抱えることによって、ほんの…ほんの少しずつ考えが清盛とは離れていくのだと思う。ほんの少しの角度の違いも、気がつけば大きな開きとなる。それに気がついたときには、きっともう遅い。
物語は、一話目の冒頭に向かってすすんでいるわけで、これから平治の乱がおき、頼朝の命を救い、それにより平家が滅びていくまでの半年間を、心してみたいと思います。
ていうか…保元の乱もつらかろうと思ったけれど、次…平治の乱ももっと辛い…。げっそり。
この脚本、完全な悪がいないんだよね。誰のなかにもある正と悪を実にうまいこと描いていて…ほんっと疲れる!大好きよ!